地域の偉人

斎藤与里画伯(1885-1959)の紹介

斎藤与里画伯は、明治18年(1855)9月北埼玉郡樋遣川村に生まれました。本名は斎藤興里治といい、明治24年(1891)4月樋遣川尋常小学校に入学しました。この頃から、絵に興味を持ち、襖や屏風に南部風の水彩画を描いていたといわれています。

明治29年、樋遣川尋常小学校を卒業し、私立埼玉小学校(現不動岡高校)に入学すると水彩画の製作に打ち込みました。明治38年(1905)9月、洋画研究を志して京都に行き、京都室町画塾に学んでいました。その後、浅井忠の聖護院洋画研究所に通うことになったが、ここでは梅原龍三郎、安井曾太郎等、後に日本の洋画界をリードする芸術家と肩を並べ合うこととなりました。

明治39年(1906)、渡仏しパリのアカデミー・ジュリアンで絵画を学ぶ傍ら、ソルボンヌ大学で聴講生として学んでいます。

明治41年(1908)フランスから帰国し、しばらくの間、郷里である樋遣川で制作活動を続けた後、東京に転居し活躍する。昭和20年(1945)、東京か郷里樋遣川にもどり制作活動及び後輩たちの指導にあたっていました。

〇1958年 第1回埼玉文化賞を受賞

〇1959年 加須市名誉市民第一号

 

代表作品

1916年 「収穫」

1946年 「晩秋の赤城山」

1950年 「秋海棠」

1955年 「読書する少女」

本校の斉藤与里ギャラリーの紹介

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更新日:2020年12月14日